「今日、髪型はいかがいたしましょう?」
「そうですね、夏らしい、さらっと爽やかな感じに。」
美容院でのこうした会話が消えて100年が経った。
もちろん会話が無くなったということは、美容院、美容師がこの世の中から消失したのだった。
この時代、髪を伸ばす役割を担う、髪の毛の根っ子の部分「毛球」の中にある「毛母細胞」を制御することで、髪の伸びる速度や寿命や髪自身の形状等を時間と共に変化させることが可能となったのである。所望の髪の長さになったら、洗髪するときに専用のコーム(くし)で髪の毛をとくだけで、狙った髪型になる仕組みである。
この発明で、また一つ、美容師という職業がこの世から消滅することになった。その一方、消費者は普通に生活をしているだけで、事前にプログラムされた色々な髪型を、散髪の時間を掛けることなく楽しむことができるようになっている。
さて、場面はどの時代にもある、高校の休み時間の廊下。
凜(りん)は、付き合っている秀人(しゅうと)とばったり会って、
「放課後、いつもの場所で。。。」
と、秀人から声をかけられた。
「うん。」
時はまさに、夏の祭典、全国高校総体インターハイ、サッカー競技の県予選が始まろうとしていた。
放課後、最後の大会前に、秀人は緊張した面持ちで凜に言った。
「凜ちゃん、ごめん。これからインターハイや選手権(全国高等学校サッカー選手権大会)に全力集中したいんだ。もう、凜ちゃんには会えない。」
「えっ?どうして?。。。」
『別れるってこと?』
この言葉を、凜は心の中に押しとどめ、
「分かった。秀くん、応援してるねっ。」
秀人の不器用で真っ直ぐな性格を知っている凜は、気丈に振舞い、
「じゃ、頑張って!」
と言って、その場を後にした。
その日、自転車で帰る凜の頬には、幾筋もの光るモノがあった。
失恋の底へと沈んだ凜だったが、今日はプログラムされた髪型になる日だった。秀人を応援するのに、じつは髪型を爽やかなボブヘアにする日だった。
「あ~あっ。」
昔であれば、ここはバッサリとショートにするタイミングだが、あいにくとこの時代、美容院は存在していない。お風呂で二重の落ち込みの中、髪を洗ってパウダールームの鏡で髪を乾かし始めた。
そこには、セミショートになった凜が映っていた。
「あれ?プログラムミス?」
そこに弟の樹(たつき)が現れた。
「お姉、似合うじゃん。」
「全国区の秀人先輩だろ。そろそろフラれる頃だと思って、俺がお姉のプログラム書き換えておいた。やっぱりな~っ。」
凜のグーパンが、樹の左頬をとらえた。パーンッ!
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