「時間を止める」、このシステムが、自分の寿命を縮めることを知った私は、凜ちゃんとのデートの一件以来、この『力』を封印した。もちろん、凜ちゃんにも家族、友達にもこの力のことを話すことはなかった。
実は、このデートの3年後に、私と凜ちゃんは結婚して、長男の秀人(しゅうと)と長女の芽衣(メイ)の二人の子供を授かった。その後、この力を使う場面がいくつか訪れた。
例えば、秀人の幼稚園の運動会。私は余り運動神経が良い方ではないが、親子リレーでなぜかその日は、一位で最終コーナーに突入した。と、その時、無理をしたのか倒れそうになる。
「時間を止めれば、、、」
と一瞬、その考えが脳裏をかすめたが、「封印」を継続して、ド派手に砂ぼこりを巻き上げ、最下位へと沈んだ。その時の秀人の残念そうな顔が今でも脳裏から離れない。
こうしたケースは枚挙にいとまが無く、芽衣との親子バドミントン大会。実は、運動音痴の私が唯一、他の人とある程度戦えるのがバドミントンで、その日は決勝戦まで駒を進めた。フルセットの末、デュースが続き、相手のマッチポイント。相手のスマッシュが私の横に。
「あ、間に合わない!時間を。。。」
ここでもぐっと堪えて、力の封印を継続し、結果は準優勝に終わった。
こうした私の醜態にもめげず、余り器用ではなかった秀人は努力を重ねて、なぜかプロサッカー選手となった。相手ディフェンダーの背後を取り、一瞬にしてその場に置き去りして、キーパーとの一対一を作ってゴールを量産する選手へと成長していた。何で運動音痴の研究者でオタクの私からこんな子供が生まれたのかは未だに疑問である。
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こんな日が来るとは。今日は、ワールドカップ決勝。自分の国が決勝まで進出する日が初めて訪れた祈念すべき日で、しかも、自分の子供の秀人がバックアップメンバに入っていた。
さすがに決勝、どちらのチームも慎重な試合運びで、両チーム、決定機を数回ずつ逃す、緊迫の試合が進んでいった。秀人の出番は来るのか。。。
「あ、ベンチに動きがあるようです。」
「背番号、18、「シュート」ですね。」
「ここで、秘密兵器、「秀人」を入れるようですね。」
「グループリーグで3得点の、スーパーサブ、秀人です。」
残り時間、10分。両チーム最後の力を振り絞り、一進一退の攻防が続いた。そして、アディショナルタイム、残り、1分。
「速い、速い、秀人、相手ディフェンダーを振り切り、サイドにパス。」
実況アナウンサーの声が響く。サイドハーフから絶妙のグラウンダーのプラスのセンタリングが相手ディフェンダーの間をすり抜け、その間、秀人は得意の反転でディフェンダーを振り切り、フリーでシュートを打てる体勢を整えた。
「いいぞ、秀人!」
観客席で観ていた私も声を上げた。
「あっ、」
その時、私は、、、
凜とのデート以来、人生四回目の「時間を止める」システムを起動させた。
秀人の踏み込みが甘い。運動音痴だが、科学者の私は、これまでの秀人のシュートの全場面を解析し、ゴール確率を算出していた。このままでは、恐らくゴールポストの上を超えて行くシュートになる。私はそっと、観客席からピッチへと入り、秀人のシュートポイントへと足を運んだ。私が動かせるのは、無機質のボールだけだ。リプレイもあるため、大きな不連続な変化はできない。私は、少しだけボールをゴールより遠い方向に移動させた。この程度の調整で良いかは、その時の私には分からなかったが、何もしなければゴールを外れる。私は、祈る気持ちで観客席に戻り、右の奥歯を噛みしめた。
「シュート———ッ!」
コーチもイレブンも叫んだ。秀人は渾身の力で右足を振り抜いた。相手ゴールキーパーが左上に横っ飛びして、それを追う。ボールはゴールポストに少し触ってそのままゴールネットを揺らした。
「やったぁー!」
思わず、秀人は叫んだ!
・・・・・
「秀人さん、優勝おめでとうございます。」
「有難うございますっ!」
「いや~、凄いシュートでしたね。」
「ええ、ゴールネットを揺らしたのが、サッカーシューズでなくて、サッカーボールで良かったです。」
「えっ?」
「あー、冗談です。ちょっと吹かすかな、って思ったんですが、我慢できましたね。自分でも最高のゴールです。」
・・・・・
翌日のSNSでは、ワールドカップ優勝と共に、秀人が小学生のときに、サッカーシューズでゴールネットを揺らした懐かしい動画が、トレンド一位、二位を独占した。
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