秀人(しゅうと)の劇的な決勝ゴールでその年のワールドカップは幕を閉じた。
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秀人の父親の悠人(ゆうと)は、試合終了のホイッスルを聞くと同時に、歓声に沸くスタジアムを一足先に後にした。悠人が家路を急いだのは、この後に押し寄せる「副作用」への対応だった。恐らく、人生四回目の「時間を止める」システムを起動させたため、「副作用」として、「睡魔」と「自分の寿命の進行」が少なくとも訪れるからである。そして、「睡魔」が来た時は、できれば自分のベッドの上で迎えさせてもらいたいという、ささやかな願いを自分自身で実現するために。。。
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時計の秒針を3年前に巻き戻し、ここはケイ大学の大学病院の教授室。
「悠人、ひさしぶりだね。今日はどうした?」
コウジは悠人に話しかけた。コウジは悠人の大学の時の友人で、医学部脳神経外科の教授を務めている。悠人が口を開いた。
「悪いね。忙しいのに。実は、私に何かあった時に、この封書を開いて欲しいんだ。」
「おいおい、どうしたんだ?何か病気なのか?」
「いや、『今』は元気だよ。でも、コウジの感覚で、「私に何かあった」と判断したときに、それを見て欲しい。悪いっ、変な話で。そして、良かったら、私を医学の発展に活用して欲しい。」
「良く分からないけど、悠人の頼みだ、分かった。」
「それはそうと、秀人くん、凄いな。日本代表も夢じゃないね。」
「最後のチャンスだから、私も期待しているが、これは『運』だからね。」
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ワールドカップ決勝の翌日。
悠人の奥さんから電話をもらったコウジは、悠人から頼まれた封書を持って、悠人の自宅へと急いだ。
「コウジさん、実は、悠人が朝から目覚めないの。それに、、、」
少し間をおいて、
「悠人を動かすことが出来ないの?どちらかと言うと、触れない?感じ。」
「救急車を呼ぼうかと思ったけれど、『私に何かあったときは、救急車ではなく、コウジさんを呼んで。』って、言われていたの。」
「うん、俺も聞いてる。」
「実は、何かあったときには、封書(これ)を読んで欲しいって言われていたんだ。」
「凜ちゃん、それじゃ、封を切るよ。良い?」
「ええ。」
そこには、悠人らしく、とても簡潔に「時間を止める」システムとその動作の副作用が説明されていた。そして、そのシステムおよび『最終の副作用』の仮説が幾つか記載されていた。
コウジは、そっと悠人の身体に触れようとしたが、悠人の仮説の一つに書いてあったように、それに触れることも動かくこともできなかった。
「相変わらず、流石だな。悠人は。。。」
『私の手に負えるかな?』
コウジは、心の中でそうつぶやいたあと、現実の声を発した。
「凜さん、これを。」
そこには、自分の身体の解析をコウジに任せて欲しいとの『遺言』が残されていた。多分に悠人は亡くなってはいないので、正確に言うと遺言ではないかも知れないが。
「凜さん、私も頭が混乱しているけど、多分、悠人は、我々の世界とは別次元の時空にいて、でも、その時空と我々の時空とは4次元的に一部繋がっているだと思う。でも、有機物同士の接触は許されていないと考えるのが自然です。」
「恐らく、悠人が寝ているマットを動かすと、マットと共に悠人も我々の今の時空で移動することは可能かと思います。」
「そっちを持ってもらって良いですか?」
コウジと凜ちゃんは少しだけマットを動かすと、悠人もそのマットと共に移動した。
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21XX年。ここは、アール自然・宇宙科学博物館。
「ママ、ママ、来て~っ!誰かがベッドに寝てるよ。」
そこには、ベッドに横たわる悠人が展示されていた。
そこには、
『異次元空間の接点』
とタイトルが記されていた。
コウジだけでなく、人類はどうやら悠人の解明をあきらめたようだった。。。
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